1 はじめに
今回の「日本国籍取得要件を緩和すべき」という論題で行なわれた英語ディベートの試合で,ある肯定側は無国籍児に国籍を与えるというプランを示し,その利点を議論していました。これに対し否定側は,次のようなトピカリティを第一否定立論(1NC)で示していました。
1. トピカリティの議論が成り立った時の結論(impact)
トピカリティを守れなかった肯定側は,論題を肯定することに失敗したため,試合に勝つことができない
2. 論題の解釈と,プランがそれに沿っているかどうかの検証(interpretationおよびviolation)
2.1 解釈
"acquire"という単語は,自分から努力をすることで手に入れることに対して使われ,自動的に得られるようなものに対しては使われない
[acquireの持つ意味を辞書で説明]
例:
"to gain sth by your own efforts, ability or behaviour"
(Oxford Advanced Learner's Dictionary第6版)
2.2 検証
肯定側のプランは児童に国籍を与えており,これは児童自らが取得しようと努力しているわけではないため,プランは命題の解釈に沿っていない
3. 解釈の選択基準(standard)
同じような意味を持つ用語がたくさんある中で,ある特定の語彙(ここでは"acquire")が使われているのは,その語彙に特有の意味合い(unique meaning)を文章に反映させたいからだ。よって,そのような用語の固有の意味に基づいた解釈を行なうべきだ
肯定側は続く第二肯定立論(2AC)で,ある解釈を示してプランがその解釈に沿っていることを説明し,このトピカリティへの反論としました。否定側は第一否定立論(1NC)でこのトピカリティの説明を行なっていました。
この否定側の示したトピカリティには問題があります。事実,このトピカリティは最後の第二否定反駁で説明されることはなく,そのままとなってしまいました。さて,問題は何かお気づきですか?
本稿では,特にスタンダードに着目して,試合中にトピカリティが有効に機能する方法を説明したいと思います。まず続く第2節ではトピカリティとスタンダードの関係について説明し,第3節でスタンダードの使い方に関する問題点を指摘,第4節でその問題点に関してどのようにすればいいかを説明したいと思います。トピカリティについておおまかな知識をお持ちの方は,第2節を飛ばして第3節からお読み下さい。
2 トピカリティの中におけるスタンダード
2.1 トピカリティの構成
上記の例が示しているように,大まかにいうとトピカリティは次の三つの項目で議論されます。
(1) トピカリティの議論が成り立った時の結論(impact)
(2) 論題の解釈と,プランがそれに沿っているかどうかの検証(interpretation, violation)
(3) 解釈の妥当性を判断する基準(standard)
(1)の結論は,プランが論題に沿ったものでない場合は肯定が負けになる,というほぼ自明のことであるため,どの試合中も簡単に触れられるに留まります。
トピカリティの議論で一番の問題となるのは,(2)の解釈および検証の部分です。ここで,論題はどのような意味を持つのか,辞書などの資料を用いて解釈が与えられ,プランがその解釈に沿ったものなのかどうかの検証が行なわれます。否定側の立場に立つと,プランはその解釈に沿ったものではない,という主張が行なわれます。
2.2 「ことば」の持つ曖昧さとスタンダード
(2)の解釈および検証では,一般の議論と同じような形で主張が出されます。つまり,辞書などという「証拠」を用いて解釈というひとつの「主張」が作られるわけですが,一般の議論とは少し異なる部分があります。それは,解釈がひとつには定まらないという,「ことば」の持つ曖昧さです。
一般の議論で肯定側否定側がそれぞれ反対の主張を行なった場合,これを考えてみましょう。ジャッジが,どちらの議論がもう一方より説得力を持っていると判断すれば,その説得力のある主張が採択されます。また,どちらも十分に優位となるだけの論証が行なえなかった場合は,「どちらともいえない」という状況になります。
これに対しトピカリティでは,「どちらともいえる」という状況があり得ます。例えば,
「白い山の兎」
ということばを考えてみましょう。これは雪の積もった白い山にいる兎のことでしょうか,それともいろいろな色を持つ山の兎の中で白いものを指しているのでしょうか。両方の解釈が同時に成り立ち得ます。
このように複数の妥当な解釈が存在し,そのどれであってもよいとするならば,肯定側は自分のプランが沿っているような解釈が妥当であると示せればよいことになります。こうされてしまうと,どんなに(2)で否定側が自分たちの解釈とそれに基づくプランの検証を行なっても,よほど肯定側の出した解釈が命題理解の上で理不尽なものでなければ,トピカリティでは勝てなくなってしまいます。
そこで,「複数の解釈が存在した場合に,このような解釈がひとつ選ばれるべきだ」とか,「そもそも論題の解釈はこのように行なわれるべきだ」という基準を示して,肯定側の示した解釈は適切なものではないと主張したくなります。これを行なうために出されるのが,スタンダードです。
3 あなたのスタンダード,仕事をしていますか?
さて,ここからが本文章の本題に当たります。
ことばの解釈の上で基本となるのは,文法と文脈です。これらに沿わない解釈は理不尽なものといってしまって構わないのでしょう。そのため,これらはスタンダードの基本中の基本となるもので,いざとなればわざわざ説明をしなくても良いかも知れません。
さて実際の試合では,それ以外にもこのような判断基準があっても良いのではないか,というものがスタンダードとして使われることがあります。
この試合で否定側が用いたスタンダードは,"unique meaning"といわれるものです。これは,「同じような意味を持つ用語がたくさんある中で,ある特定の語彙(ここでは"acquire")が使われているのは,その語彙に特有の意味合いを文章に反映させたいからだ」という主張に基づいています。このスタンダードは,比較的よく使われるものといって良いものです。
否定側が示した解釈は,「(英語)論題で使われている"acquire"という単語は,自分から努力をすることで手に入れることに対して使われ,自動的に得られるようなものに対しては使われない」というものでした。否定側はこれが"unique"なものである,と主張しようとしていたのでしょう。しかしよくよく見てみると,「この定義が"unique"なものである」という説明(正確には論証)はどこにもありません。スタンダードの観点からすると,ここに大きな問題があります。
「"acquire"はもっと広い,緩い意味合いを持ち,努力を必要としないようなものも含まれる」ということを肯定側は示そうとすることが予想されます。この場合,肯定側の示したプランはこの定義に基づく解釈には沿ったものとなっています。否定側はこうした解釈を排除するためにスタンダードを示したはずですが,(1)否定側の解釈(定義)が"unique"であるという説明,(2)肯定側の解釈(定義)が"unique"でないという説明,この両方ともが欠けてしまっています。そのため,このスタンダードはスタンダードとしての仕事をしていないことになります。
最近の試合を見ていると,この例のようにスタンダードが仕事をしていない,スタンダードをどう活かすのかという視点の欠けたトピカリティが多いように思います。これではトピカリティで試合に勝つことはできません。肯定側に反論する時間を使わせていることは事実ですが,それを上回る時間を勝つことのできないトピカリティに使っている,ということを否定側自身認識する必要があるのです。
4 スタンダードに仕事をさせて,トピカリティをvoterにしよう!
ではどうすればいいのでしょうか。当然のことですが,スタンダードに仕事をしてもらいましょう。
今回の例では,ふたつの方法があります。
4.1 スタンダードを替える
今回示されたような定義だけで試合をする場合,残念ながら"unique meaning"のスタンダードではトピカリティをvoter(自分のチームに勝利をもたらす議論)にすることはできません。ですので,この定義だけを用いるのであれば,別のスタンダードに変更する必要があります。
例えば,"narrower interpretation is better",つまりより狭い解釈の方が望ましい,といったようなスタンダードを代わりに使ってみましょう。実際,何かを得る際に努力するかしないかを考慮しない解釈よりも,努力が必要であるとする解釈の方が狭いものとなっています。
しかしながら,このようなスタンダードは問題が多くあります。ひとつ目に,なぜ狭いもの方が良いのか,ということを説得しなければいけません。これは結構大変なことです。
ちなみに,このことは"unique meaning"というスタンダードでもその他のスタンダードでも同様です。なぜそのスタンダードが妥当なのか説得できるように,そして相手がそのスタンダードに反論しても,それを上回る説明ができるよう準備を行ないましょう。
またふたつ目として,このスタンダードで解釈が妥当か判断する場合,「スタンダードを満たしているか」という絶対比較ではなく,「どちらの解釈がより妥当か」という相対比較が前提となっています。スタンダードに対する解釈の妥当性の評価方法をメタスタンダード(meta-standard)と呼び,これらの絶対比較と相対比較とが存在します(英語ディベートではそれぞれ"reasonability standard","better standard"と呼びます)。多くのジャッジが絶対比較に基づいた解釈の妥当性判断を行なっていますので,この"narrower"に基づいてトピカリティの説明を行なおうとする場合,メタスタンダードを相対比較に変更してもらうよう,まずジャッジを説得する必要も出てきます。
このように,やや安易と思われるスタンダードに基づいてトピカリティを準備するのは,労多い割には報われないように思います。
4.2 スタンダードを活かす論証を行なう
もし,"unique meaning"というスタンダードにある程度の説得力を感じる(そしてそれをジャッジに伝えることができる)ようであれば,それを活かすような論証を行なうようにする,というのがもうひとつの方法です。
現在の問題点は,否定側の示した定義が"unique"なものである,また肯定側の定義は"unique"なものではない,ということが示せていない点です。それを示すためには,例えば類義語辞典を調べて"acquire"と他の類義語とを比較する,ということをする必要があります。そうすることによって,「『手に入れる』ということを指し示す単語がたくさんある中,"acquire"は努力をすることを必要とする定義が存在し,この定義は"unique"な意味合いを持つ」と説明できそうです。
これは過去の例となってしまいますが,"Resolved: That the Japanese government should promote closer diplomatic relations with one or more of the following: Myanmar, North Korea, and Taiwan."という論題がありました. この"promote"がどのような意味を持つか調べてみたところ,次のような説明がありました.
Websters Third New International Dictionary, '66
/ G. & C. Merrian Company, p. 30. /
"advance
Synonym FORWARD, FURTHER, PROMOTE: these four verbs signify in common to help to move ahead. ADVANCE, FORWARD, and FURTHER are virtually interchangeable. ... PROMOTE, in the sense pertinent here, usually implies nothing about a movement forward; it stresses solely the activity of assisting, encouraging, or fostering advancement, especially openly. ..."
"advance","forward","further"とは異なり,"promote"は直接前進させる意味はなく,前進を手助けするような行動を指しているようです。残念ながらこの類義語比較から私は良いトピカリティをつくることはできなかったのですが,このように類義語の中でどのような異なった意味合いがあるのか,明らかにすることができます。
ここで気をつけなければいけないことを,ふたつ挙げておきます。
ひとつ目は,他に「努力を必要とする」ような意味合いを持つ単語が存在しない,ということが説明できないといけません。もしも他にも「努力して手に入れる」という意味合いを持つ単語が存在してしまう場合,"unique"であるとはいえない,もしくはそう説明しづらくなります。ただ,「存在する」ことの立証の容易さとは比較にならないくら「存在しない」ことの立証は難しいものですので,否定側は手持ちの資料で"unique"であることの説明が十分説得力を持ってできていれば,ひとまずは良いと言ってしまって大丈夫でしょう。あとは肯定側の「同様の意味合いを持つ別の単語が存在する」という反証が出るかどうかを待つことになります。
もうひとつは,どこでどれだけの説明を行なうか,です。今回の例では,第一否定立論で上記のようなトピカリティを示した後,第一否定反駁で説明するにとどまっています。「努力を必要とする」という"acquire"の持つ意味合いが"unique"なものであるということ,そして肯定側の定義が"unique"ではないと説明しようと思っても,反駁ではもう手遅れです。反駁で新たに立証を行なうことはできないためです。
そのため,"acquire"が"unique"な意味を持つことを,立論の段階で説明しなければなりません。第二立論で行なうことも可能ですが,私はトピカリティを第一立論で最初に出す段階で,類義語などとの比較を行なって否定側の示す定義が"unique"であると説明してしまうことをお勧めします。
もし肯定側が第二肯定立論で"acquire"の広い意味での定義とそれに基づく解釈を示しただけの場合,否定側は既に立論で示した類義語との比較を用いて,第一否定反駁において肯定側の解釈を排除することができます。
また,もし別の類義語比較などが第二肯定立論で行なわれた場合,さらに否定側の準備が進んでいるようであれば,立証を伴いながら第二否定立論で説明することも可能です。もし第二否定立論で上記の類義語比較を示し,第一肯定反駁で立証を伴って反論された場合,否定側は新たな立論を伴った説明をする機会を既に失ってしまっているのです。
5 おわりに
今期の国籍取得要件の緩和に関する論題でディベートを行なう機会も残りわずかとなりました。この文章で扱った"acquire"に関してのトピカリティを使う機会もあと少しとなったわけですが,トピカリティが十分な説得力を持っているか,ちゃんとvoterにすることができるかどうかを今一度吟味して,試合に挑んで下さい。
(かけひ・かずひこ)
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