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インパクトはストレートに論ずるべし!
― リンクの細いテロ談義から,判断規準ディベートへ ―


矢野善郎(中央大学専任講師,JDA副会長)

初出: JDA Mailing List, 2003.6.2
web掲載:2003.6.30


[目次]
はじめに
1 因果関係の分析はかなり良くなってきている
2 しかーし,価値・重要性の議論はしょぼい
2.1 だいたい,いまどき「左翼テロ?」

2.2 不況対策のために教科書検定廃止?
3 もっとストレートに「良い教育」の判断規準を出そう
4 全国のジャッジ諸君,団結してもっと政策判断規準を考慮せよ

はじめに

 英語政策ディベートでのジャッジもやっている矢野です。

 教科書ディベートのプロポでの議論も終盤でしょうから,是非面白いものにして欲しいものです。しかし,そのために一つどうしても越えなくてはいけないハードルがあります。それは重要性やインパクトの議論をもっとシンプルにストレートにすべきだと言うことです。

 しかしジャッジしていて時々あきれるのは,教科書検定廃止のプロポなのに「左翼がテロを起こす」か否かなどの,しょうもない議論に多大な時間が使われていることです。これでは貴重な大会出場機会を無駄使いしてます!!

1 因果関係の分析はかなり良くなってきている

 このプロポでは,検定によって教科書がどう「改悪」されるかを具体的に論証しているものが良いケースです。検定をへると「理解しにくくなる」とか「つまらなくなる」とか抽象的に言われても,具体例がないと証明したことになりません。

 その点,具体例の入ったケース作りが増えてきたのはうれしいです。特に明治のは出色で,検定で「従軍慰安婦の既述が削られた」など具体的に丁寧に証明していました。他にも生物の教科書の例や,フィンランドの教科書廃止で英語教科書がどうよくなったかなどを出している大学がありましたが,検定の実態を具体的に良く調べていて素晴らしいです。

 また否定側のDAも,アメリカの教科書事情などを持ち出し,自由化の結果,「市場淘汰に勝ち残る教科書≠良い教科書」とか,「多くの教科書会社がもうからないので撤退し,一部の会社の独占状態になる」とか,説得力のある未来予測が結構増えていて,その点も素晴らしいです。

2 しかーし,価値・重要性の議論はしょぼい

 もっとも,いつもズッコケるのはその後,つまり議論の重要性(インパクト)です。プランをとらないと「左翼テロ」とか,とったら「左翼テロ」とか。リンクのない,些末きわまりないオチに無理につなげてそれで終わりなのです。

 例えば,せっかくの「従軍慰安婦」ケースの試合では,肯定側は「従軍慰安婦」の記述が減ると左翼が怒ってテロを起こすと言い,否定側は教科書検定がなくなると右翼的な教科書が増え,左翼が怒ってテロを起こすと言いました!(しかもお互い気づかずに同じエビを読みあっている!)

 英語ディベートで頻発する「左翼テロ」のインパクトは,実は「モデルディベート」らしいので,それが広まったのでしょう。しかし間に合わせで作るシーズン前の議論ならまだ許せますが,こうした議論がTIDLになってまだ使われているというのはちょっと異常です

2.1 だいたい,いまどき「左翼テロ?」

 そもそも「左翼テロ」の議論の鍵を握るのは,英語ディベート史上でも最も証明力のないエビデンスの一つで,10年前の『警察白書』の引用です。あきれたことに,そこに書いてあるのは,昔,革マルか中革派かなんかが皇居に手製ロケットを「打ち込んだ」とか,内ゲバを「やった」ということだけです。それも,教育問題に憤慨してロケットを打ち込んだとか,因果的な分析があるのなら,まだ許せるのですが,そうした既述は一文字とてない。そもそも21世紀に革マル云々はないでしょ!(警察・防衛の『白書』は,リスク等を誇張して自分の予算を守ろうとするものですが,それでも今どき左翼テロのリスクを論じるのは躊躇するでしょう。大体「カクマル」といっても学生は何のことか分からないでしょ)

 もっと単純にストレートに考えましょうよ。

 教科書検定の廃止云々と,テロの発生との因果関係を証明するのって,恐ろしく手間がかかりませんか?例えば,仮にa)ある政策に怒る人がいたとして,b)本当にそれに反対する行動をおこすか,c)またテロ以外の手段をなぜとらないのか,d)また実際にテロを起こすほどに先鋭化したとしてどのくらいの組織力・武装をもてるのか? e)また,仮に万が一テロのリスクが上昇したとして,それがなんなの? テロのteeny tinyなリスク上昇を気にしていて,おまんまが食えますか。

2.2 不況対策のために教科書検定廃止?

 ほかにもケースとかで良くでるADとして,いま不況で自殺が年間35000人になっているから,教科書検定を廃止してクリエティブな人間を育て,日本を活性化すべきだという議論があります。これは一見,左翼テロよりはましなのですが…

 これも単純にストレートに考えましょうよ。

 a)例えば教科書検定を廃止し,b)本当にクリエイティブな大人が育っていき,それがc)日本の経済に好影響を与えるとして,何年かかるでしょうか。a)まず新しい教科書がでるまでに最低でも3〜4年。良い教科書が淘汰され普及していくのにさらに数年。b)その影響を受けた小学生などが大人になるまでに最低でも10年。社会に出てそれなりの業績を上げるのは三十路過ぎとしたら,c)経済に影響するとしても30年くらいはかかるとみないといけないのです。

 そんなときに,*現在*の不況の自殺率を持ち出して議論することに意味があるでしょうか。少なくとも,「このままの教育制度では,30年後も自殺がひどい」とか証明しない限り本当はADとは言えないのですよ。そんなリンクもソルベンシーもほとんど期待できない「複雑」な議論を回すことは愚の骨頂です。

3 もっとストレートに「良い教育」の判断規準を出そう

 無理矢理にリンクのほんとんどない,「自殺」や「テロ」や「戦争」に議論をつなげることを考えるより,もっとシンプルに重要性を論じることを考えましょう。やり方は単純です。「公教育において国家はどのような役割をはたすべきなのか?」なかでも「公教育の目標は,将来どのような大人を育てることを優先すべきなのか?」などを論ずるべきなのです。

 例えば「歴史の歪曲」が検定によって行われているのなら,ストレートに次のような政策判定規準decision criteriaを出すべきでしょう

 「教育政策の最重要のゴールの一つは,歴史事実を直視し,過去を反省し,来るべき国家のあり方や国際関係について考察できる人間を育てること」

 判断規準への理由付けは,エビデンスがあってもなくても良いですが,「過去から学ばない人間は,国家に何事もおまかせの,非常にしょぼい判断をする」とか,「良好な平和的国際社会を築けない」とか色々とつけられるはずです。他にも,現在の不況や自殺を解決するとかありえないインパクトを持ち出さず,例えば

 「教育政策のゴールは,長期的な国際競争力の維持のために,クリエイティブで最先端をいく理系エリートを常に育てることにおくべき」

などと論じることも可能だったはずです。もちろん相手側は,こうした判断規準に対抗規準をだしていくこともできますし,相手の規準をグラントしてしまって,それを逆手にとるのも可能でしょう。例えば,「科学的な個人を育てる」ことが判断規準であるべきだと言ったとしたら,否定側はグラントして,DA「検定がないと非科学的な教科書が増える」とか,検定強化CPなどを出してもよいでしょう。

 双方とも色々と工夫したら面白いですよ。例えば「平等に,落ちこぼれがでないこと」こそがゴールであるとか,「それぞれの潜在的な個性をのばすとか」,理由がちゃんとつけられるのなら「国家のために死ねる個人を育てること」をゴールとして議論しても良い(もちろん教育プロポであっても,子供の育成と直接関係のない判断規準をだすのは別に結構。たとえば歴史の歪曲をやると「対アジアでの通商的な国益が損なわれ,それを守ることは最重要課題だ」などと言ってみても良いでしょう。リンクがあるかは知りませんが)

 いずれにせよ,こうした判断規準は,色々と出せるはずですし,そうした規準自体のよしあしでまず一つの戦いがあることが良いディベートの絶対条件なのです。

4 全国のジャッジ諸君,団結してもっと政策判断規準を考慮せよ

 また判断規準がディベートの試合内で出てこないと,ジャッジが個人的な好き嫌いで判断せざるを得ず,本当は意味のあるジャッジなんてできないはずなのです。

 ところがディベーターに聞いてみると,ジャッジの一部には,死人がでないと意味がないとか教えている頭でっかちがまだいるようですね。そうしたジャッジングの下では,ディベーターは非常に硬直したチープな討論しかできず,チープな討論人を社会に送り出すことになります。左翼テロなどというリンクも何もない議論がTIDLでもはびこっている現状を見ると,そうした変人ジャッジが英語ディベ界では結構いるのでしょうか。焼け石に水ですが,エビ形式で一言…

Judges should vote according to the debaters' decision criteria
Yano 2003: Sociologist / Debate Educator at Chuo Univ. JDA Mailing List (2 June 2003)
When judging educational issues, judges should think twice before voting for ADs or DAs with dead-body-counting impacts, such as risk of "terrorism" or "suicides". Why should a judge vote for such impacts that totally lack causal linkage? Moreover, teeny-tiny risk of "terrorism" or "war"? So what? Such risk is always present and has hardly any unique significance. Instead, judges should make richer value decisions, following the rules of descriptivism. They should listen carefully to, and cast their votes according to the debaters' decision criteria, such as, "what are the goals of public education" or "Saving drop-outs is more important than creating elites" etc. Doing this will not only make each debates deeper and richer, but also will help to foster good real-world decision-makers in the long run. If and only if, the debaters should not present any grounded decision criterion, a judge can and should vote according to ones own subjective decision criteria.

お馬鹿なジャッジ対策として,round overviewなどで使って下さい??

(やのよしろう)
 
 
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